ガラスの棺 第30話


「まさか、私を追い回していたのがお前とはな」

C.C.は警戒するようにその表情を消した。

「手荒なまねをして申し訳ありませんでした、C.C.様」

部屋へ立ち入った老紳士は、丁寧な口調で頭を下げる。
こちらの名前もやはり知っているか。
面識は無いし、私の情報は知らないと認識していたが、違ったということか。

「それで?一体私に何の用だ。ルーベン・アッシュフォード」

顔をあげた老紳士、アッシュフォード学園の理事長でありミレイの祖父、ルーベン・アッシュフォードは、自然な動作でソファーに座るよう促してきた。促されるままソファーに腰を下ろすと、控えていた使用人が飲み物を運んできた。香り高い紅茶がテーブルに置かれ、少し冷めてしまっているがピザも用意された。
至れり尽くせりな接待に、自分に関する情報は全て知っていると考えるべきかと判断した。学園に潜んでいた間のことも含めて。こちらのことを調べて知ったのか、マリアンヌから聞いたのか。・・・考えても無駄かと、空腹だったため遠慮せずにピザを口にすると、ルーベンはC.C.が想像すらしていなかった事実を告白した。
あまりの内容に、C.C.はピザを皿に戻し、真剣な表情でルーベンを見つめた。

「・・・つまり、お前は・・・いや、お前たちはシャルルの直属の研究員だった訳か」
「はい。正確にはマリアンヌ様直属の、でございます」

言われてみれば確かにそうだなとC.C.は頷いた。
要約すればこういうことだ。
ガニメデの開発はマリアンヌのために行なっていた。当時のルーベンは資金提供だけではなく研究員としても携わっていたが、アッシュフォードが持つ技術は、ある時期を境に別の研究のために使われ始めた。だからマリアンヌの死後、KMFの研究開発からアッシュフォードはあっさりと身を引いたのだと言う。

「シャルルの記憶改竄でその事を忘れ、爵位を剥奪された後、マリアンヌの子供達、ルルーシュとナナリーのため日本に渡った事にされていたと。・・・そんな話初耳だ」

だが、それで納得がいったとC.C.は頷いた。
そもそもおかしな話なのだ。
マリアンヌが暗殺された事の責任を問われ、アッシュフォードが爵位を剥奪されるなど、どう考えても理不尽すぎた。罰せられるべきは警護の責任者であるコーネリアと、皇室に仕えていた警備のものたちであって、警備に携わることの許されないアッシュフォードにどんな理由で罰を与え、どうしてその事に反抗する事もなくアッシュフォードが身を引いたのか・・・。
それはすべて、暗殺されたマリアンヌの遺体を保存するための技術の開発と、彼女の墓守をさせるためだったのだ。
爵位を残したままでは、KMFの研究から手を引くにも、ルルーシュとナナリーを逃がすにも不都合が多すぎた。何より、日本に移住する理由が欲しかった。
日本に来たのはルルーシュとナナリーの事だけではなく、マリアンヌの遺体をこの国で、更に言うならアッシュフォード学園内で守るためだったのだ。
そういえばマリアンヌの遺体の回収はシュナイゼルがしたと聞いたが、その後のことは聞いていなかった。てっきりギアス嚮団で保存しているものと思ったが、V.V.が嚮主である以上嚮団で保存など出来ないことに今更気がついた。マリアンヌを暗殺したのはV.V.。それなのにV.V.の元で遺体をいつか復活できるようにと保管などしたら、ギアスで死を逃れたマリアンヌの存在に気づかれる恐れも出てくる。それはブリタニアの皇宮でも同じこと。V.V.が関われない場所に保管する必要があったのだ。
だから爵位を剥奪し、ガニメデを研究する力を削り、マリアンヌ暗殺の咎を与えることで国内に居づらくし、ルルーシュとナナリーを守るためという理由付けで日本に送り、それに合わせて記憶をいじった。ルーベンも研究員も、アッシュフォード家の者たちも疑問に思わない偽りの記憶を。
なるほどとは思ったが、それとC.C.を追い回していたことがつながらない。
確かにナナリーは離れ、ルルーシュは死に、今守っているのはマリアンヌの遺体だけになっていたとしても、アッシュフォードの役目が変わるわけでは・・・そこまで考えてマリアンヌの遺体絡みだと気がついた。

「・・・今からマリアンヌの体の元へ行くのか?」

ルーベンは一瞬驚いた後「流石C.C.様」と口元に笑みを浮かべた。

「はい、是非C.C.様のお知恵をお借りしたいのです」
「今更マリアンヌの遺体など保管しても無駄だが、面白そうだ付き合ってやるよ」

マリアンヌはとっくに消えている。
だからいくら肉体を保存していても、もう戻るべき魂は存在していない。
そして、保管を命じたものもすでにこの世にはいない。
ただ意味もなく保管されているマリアンヌの遺体。
ただ意味もなく命令に従い保存し続けるアッシュフォードの者達。
あまりにも愚かで無駄な行為。
とはいえ、お前たちには借りがある。
あの二人を7年守ってもらった借りが。
おかげで私は人としての感情を僅かだが取り戻せたのだから。

その数時間後、C.C.はアッシュフォード学園へ足を踏み入れた。
懐かしい場所だと目を細める。
あの当時、フレイヤによって建物の一部が破壊され、その眼下には巨大なクレーターが出来た。今はもうすべて埋め立てられ、中心地はフレイヤの慰霊碑が建つ平和公園となったが、公園以外の場所は埋め立て後、再開発された。
この学園もまた当時の姿そのままで再建されていた。

ルーベンが向かったのは、その中でも思い出深い建物だった。
いい意味では無い。
悪い意味でだ。
ルーベンが進むその先の建物を見て、C.C.は顔を歪めた。

「礼拝堂か」

アッシュフォード学園の礼拝堂。
フレイヤの被害を免れた建物だった。
マオを殺した場所であり、死を迎えるルルーシュの為に祈った場所。
悲しい思い出しかないその場所に入る事を躊躇ったのは一瞬。
不審に思われないようにと、C.C.は表情を戻し後に続いた。
ルーベンは厳重に施錠されていた礼拝堂地下へとC.C.を導いた。
礼拝堂の地下、その奥には話の通り棺が安置されていた。
棺の中には、当時の姿のまま変わることなく眠るマリアンヌの遺体。
そして。

「・・・おい、ルーベン・アッシュフォード。これは、こういう事だ?」

動揺を隠しきれない声でC.C.は尋ねた。

「はい、C.C.様のお知恵をお借りしたかったのは、この事でございます」

C.C.の前にある棺は三つ。

一つはマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
一つはクロヴィス・ラ・ブリタニア。
一つはユーフェミア・リ・ブリタニア。

三人の皇族がガラスの棺の中で静かに眠っていた。

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